SOUNDING THE SPACE   空間を奏でる
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空間を奏でる:建築物の為の音楽
ハンス・フィエレスタッド作ドキュメンタリー映画

アクリーションズより発売

戦 前を代表する建築家・長野宇平治。その孫にあたるミュージシャン,マ ルコス・フェルナンデス。 祖父の残した建築物,京都文化博物館別館(京都)、大倉山記念館(横浜)、ルネスホール(岡山)、 カラコロ工房(松 江) の4箇所を訪れサウンド・インスタレーション・パフォーマンスを行うプロジェクトを追ったドキュメンタリーフィルム。

監督には電子音楽のパイオニア,ロ バート・モーグのドキュメンタリー"Moog"で 指揮をとったハンス・フィエレスタッド。

作中には長野宇平治 建築物でのパフォーマンスの様子の他,建築物に纏わる専門家のインタビューを通じ, 建 物と地域社会の歴史や,昔 と変わらぬ今の関わりなど伝えている。建物と地域,建 築と音楽,そ して祖父と孫の紡ぐドキュメンタリー。

出演:田中悠美子、山本精一、カー ル・ストーン、平井優子、森川弘和、歌島昌智、森下こうえん、 赤田晃一、マルコス・フェルナンデス

インタビュー:吉田鋼市 ,横浜国立大学教授、山下武之,ディレクター・カラコロ工房、黒瀬仁志, バンクオブアーツ岡山,特別顧問、植山茂,主任学芸員・京都文化博物館

空間を奏でる
ハンス・フィエレスタッド(監督)
アクリエーションズ DVD 2014年、68分

路面電車がカタカタと音を立て、京都の通りを走るのが目に入る。乗っているのはパーカッション奏者、マルコス・フェルナンデス。 ヘッドフォンを着け、熱心にその街の音に耳を傾ける。今回、示唆に富むドキュメンタリーを監督したのはカリフォルニア出身のミュ ージシャンで映画製作者のハンス・フィエレスタッドだ。映像の中でフェルナンデスは、絶え間ない周囲の聴覚環境の流れから私達を引き離し、 ウォークマンやその後継機器の悪影響について語る。フェルナンデスは騒々しい都会の通りを歩きつつ、環境の中で目まぐるし く生じるかすかな音たちに耳を傾けながら、マイクを手に、折々の場面に現れる。

フェルナンデスは横浜で生まれ、10代後半でカリフォルニアに渡った。その後世界中で音楽を演奏し、音を積み重ね、35年経った2008年、 日本に戻ってきた。『空間を奏でる』では、フェルナンデスとその故郷との新たな接触が垣間見られる。より厳密に言えば、 フェルナンデス自身が良く知らぬであろう、母方の祖父で20世紀初期の建築家、長野宇平治の遺産につながろうとする努力が映し出している。 フィエレスタッドのカメラが示す通り、長野の作品(しばしば銀行から依頼された)は、ヨーロッパ・ルネッサンスに恩恵を受けた、 優雅に均整のとれたファサード(正面)や新古典主義の柱廊といった明確なテイストをもって、西洋的な様式に同調している。

横浜の大倉山記念館における設計では、長野は西洋の建築形態の中に、日本の哲学的な価値観を意識的に組み込みながらその原点に戻ったと、 フェルナンデスは語る。フェルナンデスの精神的な探求の核心は、2009年、様々な都市の4つの場所でフェルナンデスが開いたコンサートの内のひとつに見られる。 ミュージシャン、ダンサー、ボディ・アーティストを招き、音と動きを通じて、音響的かつ身体的な要素とそれぞれの空間の特性を交わらせたのである。

フェルナンデスは、パーカッション、サンプリング音、それにエレクトリック音源を使いながら、自分の祖父との生き生きとした対話に取り組んだ。 他にこれらの機会に定期的に登場したのは、田中悠美子である。伝統的な日本の音楽の熟達した主導者であり、三味線の探索的インプロバイザー(即興演奏家)だ。 他の参加者には、ラップトップ・マエストロのカール・ストーン、ピアニストの歌島昌智、サックス奏者の赤田晃一、 かつてBoredomsのギタリストだった山本精一がいる。彼らのコンサートからの映像がフィエレスタッドの作品の主要な部分を占めるが、 それらは建物の古いモノクロ映像、長野の重要性を概説しながら雄弁に語る面々のクリップとミックスされ、都会的な流れとその軌道、 自然の映像、そして趣のあるフィールドが散りばめられたショットを作り上げた。

これらの多種多様な要素と自在なカメラアングルは様々な視点をもたらしている――視覚的、音響的かつ概念的に、 それらの視点から我々は、伝統と革新、西洋と東洋、都市の喧騒と田舎の平穏、アートと日常的慣習といったものとの遭遇を目の当たりにするのである。 フェルナンデスの個人的な日本との邂逅による視点を越えて、この映像は、「建築は凍結した音楽であり、 音楽は流動する建築である」というゲーテの主張(シュリングを信奉する)に要約される美学的関係への探索と捉えることができる。 ステレオ再生を伴う平面的な画面の上で、整然たる常套句は捕らえどころのない未解決の憶測を残したままにしてはいるのだが、 近年フェルナンデスは、論点に深く関わりながら、特定の地域に向けたプロジェクトを追求し続けている。

ジュリアン・カウリー、ザ・ワイヤー